私の両親は中卒です。

貧乏な片田舎から15歳やそこらで金の卵だともてはやされ、集団就職列車に乗って都会にやってきた少年少女でした。

母は一銭もない状態、服も着ている中学の制服一着で列車に乗ったと言います。

インターネットもない、田舎と都会の文化の格差の大きい時代のことです。

集団就職列車に乗った者の中からも鳶のように羽ばたく者がいたのも事実ですが、基本的にはそのほとんどが使い捨てにされて都会の波に溺れました。

私が若い頃は常識のないろくでもない母親だと思っていました。

でも今は少し違う感情を持つようになっています。

母親から、就職した会社で業務成績の番付があり、それで2位になったことがあるという話を聞いたことがあります。

一生懸命やったが、どうしても勝てない人がいたという話を自慢げに話すんです。


そこで2位になったからといって、それがどうしたんだ、それがなんになったんだ、とは今の私は思いません。

できる力で頑張った事を評価したいです。

パチンコをしながらでもその手に子を抱いていたというのは、嘘偽りのないせいいっぱいの愛情だったんだと思います。

今の私はそう感じています。

パチンコで勝ったときの景品はいつだって私の好きな超合金ロボでした。

バカですね。パチンコするお金があるなら普通に買えるのに。

でも、それが私の幸せの記憶として今でも心の中に残っています。